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広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ネ)102号 判決 1956年2月15日

控訴人 岡垣弘

被控訴人 市場秀次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し鳥取市吉方七百八十八番の十五宅地十四坪六合四勺、同所七百八十七番の五宅地十四坪九合三勺の両地上に跨るトタン葺平家建間口三間奥行四間半のバラツク一棟を収去して両地の明渡をせよ。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の提出、認否、援用は、控訴代理人において、甲第三号証を提出し、当審証人岡垣一の尋問を求め、被控訴代理人において、当審で被控訴人本人の尋問を求め、甲第三号証の成立は不知と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

控訴人の明渡を求める宅地二筆がもと訴外川口金蔵の所有であつて、昭和十八年九月十日の鳥取大震災後同人から被控訴人が之を賃借していたところ、同人が昭和二十四年十月四日死亡しその子良治においてその相続をしたことは当事者間に争がない。

一、控訴人は右賃貸借は臨時仮設のバラツク建築を目的とする一時的なもので期間も四年と定められていたので、その満了に因り終了したと主張するのに対し被控訴人は一時賃貸借であることを否認するのでこの点について審按する。

原審証人川口良治、川口イヨ、岡垣一の各証言中、控訴人の右主張に副う部分は後掲証拠と対比し措信し難く、却つて成立に争のない乙第二号証、原審証人箕島義弘、市場すみの各証言の一部、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果の一部を綜合すると、前記川口金蔵は本件宅地上に家屋を所有してそれに住んでいたが、昭和十六年九月頃尼ケ崎市に居住する子の良治の許に移転することとなつたので、その頃からこれを被控訴人に賃貸して来たところ、右家屋は前記地震に因り倒壊し、この賃貸借は終了したが、被控訴人は引き続き従来の場所で営業を続けたく思い、震災直後更めて金蔵から本件宅地を建物所有の目的で、期間を定めず、賃料一ケ月十円、六ケ月宛前払の約旨で賃借し、その地上に間口二間奥行三間乃至三間半位、杉皮葺、木造、平家建、樫の土台に三、四寸角の杉柱を用い、内外二重の板囲いをした店舗兼住宅用の建物一棟を建築して、之に居住しクリーニング業を営んできたことを認め得る。この認定に反する原審証人川口良治、川口イヨ、市場刹子、原審及び当審証人岡垣一の各証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果の一部は措信し難く、他にこの認定を覆すに足る証拠はない。

二、つぎに控訴人は前記川口金蔵と被控訴人との間には昭和二十三年四月二十七日鳥取簡易裁判所で(同年(ユ)第二二号事件)調停が成立し、右賃貸借を解除し、バラツク建の敷地の明渡はしばらく猶予し、その他の部分は即時明渡すこととなつたと主張し、被控訴人は右調停においては裏側の空地二坪位を返還することとなつただけで、建物の敷地の部分は引き続き賃借することとなつたと反ばくする。そして原審証人川口イヨは、控訴人主張事実に副う証言をするけれども、この証言は後掲証拠と対比し措信し難く、却つて成立に争のない甲第二号証(調停調書)には「相手方(被控訴人)ハ申立人(川口金蔵)ニ対シ本件宅地ノ内相手方所有住宅ノ裏地ヲ明渡スコト」とあるだけで右賃貸借の全部解除については少しもふれていないことと原審証人市場すみの証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果とを綜合すると、前示調停に際しては、被控訴人が亡川口金蔵に対し本件宅地中単に被控訴人の居宅裏約二坪を明渡すことに合意が成立したに止まり、本訴で明渡が争われている右居宅敷地部分の明渡については合意が成立するにいたらなかつたことを看取し得る。

三、されば亡川口金蔵と被控訴人間には鳥取大地震直後に本件宅地に関して建物の所有を目的とする通常の賃貸借が成立したものであつて、それが一時賃貸借でないことはもちろんまた控訴人主張の調停成立によつても終了しないものと認めるのを相当とする。右認定に反する原審証人川口良治、川口イヨ、原審及び当審証人岡垣一の各証言部分は前掲証拠と対比し措信し難く、他に一時賃貸借であることを認め得る証拠はない。

四、ところが被控訴人の建築した建物が昭和二十七年四月十七日鳥取大火により焼失したことは当事者間に争がない。

そして成立に争のない甲第一号証、当審証人岡垣一の証言に依り真正に成立したと認める甲第三号証、その証言の一部、原審証人川口良治の証言を綜合すると、控訴人が昭和二十七年四月二十五日訴外川口良治から本件宅地を買受け、同年六月二十五日その所有権移転登記手続を了したことを認め得る。

されば被控訴人は罹災都市借地借家臨時処理法第十条、第二十五条の二、第二十七条第二項、昭和二十七年法律第百三十九号に則り本件宅地に対する借地権の登記及び罹災建物の登記の孰れもない場合ではあるけれども(是等の登記のないことは当事者間に争がない)、その借地権を以て右法律が鳥取市に施行された日である昭和二十七年五月十三日から五ケ年以内たる前記同年六月二十五日本件宅地について権利を取得した第三者たる控訴人に対抗することができるものと解するのを相当とする。

控訴人は右法律第十条は罹災建物につき所有権保存登記又は売買等に因る所有権取得登記があり、建物保護法第一条に基く対抗力を有する場合に土地の借地権者を保護すべき規定であつて、前示罹災建物の様にそれにつき所有権保存登記もない場合に尚土地の借地権者を保護すべきであるとして適用さるべき規定ではないと主張する。しかし右第十条の借地権をかように限定して解釈することは罹災者に酷な結果となり、災害地の借地関係を調整してその復興に資せしめようとする同法の目的に反するものといわねばならぬ。借地権者が罹災後にその借地権の対抗要件を具備する手続を採らないうち、その土地所有権が第三者に譲渡された場合に、右借地権者が、かような手続を採らないことについて責むべき事情の認められないときは、当該借地権につき登記及びその土地にある建物の登記がなくても、これを以て右第十条所定の対抗力を有するものと解すべきである。

いまこれを本件についてみると前記甲第三号証郵便官署作成部分の成立に争なくその余の部分の成立は原審における被控訴人本人尋問の結果に依り真正に成立したと認める乙第四号証、原審証人市場刹子の証言、前示岡垣一の証言の一部、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認めることができる。

右大火直後被控訴人はその焼跡である本件宅地を整理してバラツクを建てようとしたところ、当時の賃貸人川口良治もその一部しかも表側に柱を四本建て屋根板をならべた程度のものを建てて被控訴人の建築を妨げる一方、川口の母イヨは懇意な控訴人の父岡垣一に本件土地の売却方の交渉をはじめて大火後一週間目の四月二十五日には代金十万五千円で取引ができた。これより先右岡垣一は被控訴人に対し坪一万円で本件土地の買取方をすすめたので、被控訴人は一週間位経つてから代金を割払にしてもらいたいと申入れたが、岡垣はこれを拒絶し売買の話は止んでしまつた。被控訴人は川口良治が表側に建てた右バラツク建やその敷地である本件賃借地を控訴人に売り渡したことを知らず、また現にこれを利用もしていないのに被控訴人の建てたバラツクは八畳一間位の手狭であるので増築のため、同年六月三日右川口に対し書留内容証明郵便を以てその取り除きかた請求したところ返事がなかつたので自力を以て之を取り毀したところ、岡垣一は被控訴人を告訴し、次いで前記の如く本件土地の所有権取得登記をしたのである。

右認定に反する原審証人川口良治、市場すみ、当審証人岡垣一の証言部分は措信できないし他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定の事実関係のもとでは、控訴人が右所有権移転登記をするまでに被控訴人の八畳一間のバラツク建の建物に所有権保存登記を期待することは難しいので、かような場合には、借地権について罹災前に対抗要件をそなえていなかつたということだけで、罹災後間もない借地の新所有者にその借地権を対抗できないとは解しえないことは前記のとおりである。

以上の次第であるから被控訴人が本件宅地を不法占拠することを前提とする控訴人の本訴請求は失当であつて棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅芳郎 高橋雄一 三好昇)

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